実物拝見

2015年06月07日 09:59

いろいろなところで断片的な引用は見かけたし、どなたかが筆写したノートのコピーというのは手に入れていた「西川原大明神縁起」。ある記事に「神社庁保管」となっていて、それじゃ神主さんに尋ねて神社本庁に見せてもらう手続きを段取りしてもらおうかと考えました。ところが、神主さんは「そういう文書が村に伝わっていたと聞いておりますが、私は見たことがありません。」とおっしゃる。この神社にとっての第一級資料は、引用と書き写ししかないわけ?! それってほんとにあるの? 幻の存在?

ここで、うちのお父ちゃん(86歳)がすばらしいアドバイスをくれました。「江戸時代の古いものなら、庄家さんやった○○さんとこしか残ってないで」

で、○○さんとこ(ご本人の了解を得ていないのでお名前は明かせませんが…)へ突撃取材。何度かお留守で、これが神意かとあきらめかけていたら今日お会いできました。

君の言うてるのはこれか? と見せていただいたのが、ズバリ、そのもの、西川原大明神縁起の巻物。平成6年の調査で、寛文12年(1673年)のものと判明しているという情報も得ました。300年以上前の実物がホイっと目の前に現れて、ありがたいというか、不思議というか。(テレビやったらそれらしい効果音のあるとこでしょ)
しかも、貸したげるからもって帰って良いということになって、ただいま祝杯をあげております。保管場所は当然、神棚です!

寛文12年というのは、現在の地にお社が建てられた年。お社の配置はこの文書と整合性があるらしいと思っていたけれど、それは当然のことでした。お社新築のおりにこの神社のいわれをまとめたのが「大明神縁起」かもしれません。庄家さんとこの由緒書きも実物を借りてきました。これまた、あちこちで引用されてるのは知ってたけれど実物拝見は初めて。

書かれていることをそのまま歴史的な事実と考えるべきではないと当主は冷静におっしゃいます。客観的に見たら歴史的事実ではないにしろ、書かれた当時の村の状況とか住人たちの思いとかは反映されているはず。

西川原大明神縁起と庄家さんの由緒書き(こちらは文化11年(1815年)。縁起より百年以上新しい…ってほぼ二百年前)、辞書を引きながら翻刻してこのサイトにアップすることを目指します。期待しないで待っててください。

 

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