記事のアーカイブ
2015年01月06日 22:05
「氏子日記」を更新いたしました。:「新屋坐天照御魂神社だより」第1号
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2015年01月06日 21:42
「新屋坐天照御魂神社だより」というチラシをつくってみました。まずは須佐神社をご紹介。これで初詣の時のライトアップの失敗を、牛頭さん・素戔嗚尊さんに許してもらえるでしょうか?(^^; ←何の話かはこちら・・・
(画像をクリックすると大きな画像が開きます)
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2015年01月05日 18:39
「氏子日記」を更新いたしました。:初詣 :しめ縄の張り替え
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2015年01月05日 18:35
あけましておめでとうございます。
今年の初詣の様子です。除夜の鐘が鳴り終わる頃に拝殿の前に行列ができました。
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2015年01月05日 18:29
年末の12/23に、しめ縄の張り替えをいたしました。
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2015年01月05日 17:41
「うちの氏神さん>御由緒」のページに記事を追加いたしました。
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2015年01月05日 17:23
859年「新屋坐天照御魂神に従四位下を授けられる」
日本三代実録の記事にあります。
神様の位は正六位から正一位までの15段階。壬申の乱で功績のあった(霊験を示した)神々に授与したのが最初のようです。
「神様に?」と感じますが、昔は人も神も同じで、霊験を認める表現だったのでしょうか。位によって与えられる封戸も伴っていたとも言うし、名誉だけのものになったとも言い、よくわかりません。
お稲荷さんは「正一位」でトップランクですが、伏見稲荷大社がそうだからといって、小さなお社のお稲荷さんもそうなのか? 神社の格ではなくて神様の位だから、分け御魂もそれでいいわけです。
というわけで、ここでも、主
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2015年01月05日 17:22
806年「新屋神に封一戸を寄せる」
新抄格勅符抄というお寺や神社の封戸について記録したものに載っている記事です。
封戸とはというのも細かく言えばきりがないようですが、貴族の給料は「これだけの家(人と農地)からあがる税収」という単位で与えられていたらしい。「封一戸」は一軒の家ぶん? それっぽっち? と思いますが、一族20数名(血縁のない使用人や奴婢も含む)とその担当する農地だから、それなりのものでしょう。神社に封ぜられた「戸」のメンバーは、お米などを納めるだけでなく、神社の行事も手伝いました。だいたい「税」といっても「租庸調」の時代で、労働力提供も税の一部です。
「一戸」ぶんのお米やなにやかや
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2015年01月05日 17:20
新屋坐天照御魂神社を載せる延喜式神名帳には、「並名神大。月次新嘗。就中天照御魂神一座預相嘗祭。」と割り注がついています。
広辞苑から幾つかの語釈を引用します。
まず「名神大」
名神(みょうじん)
延喜式に定められた社格。名神祭にあずかる神々で、官幣・国幣を奉られる大社から、年代も古く由緒も正しく、崇敬の顕著な神々を選んだもの。名神大社、略して名神大ともいった。
神様の位ではなく、神社の格として非常に高いということです。
次に「月次新嘗」…毎月のお祭と新嘗祭
新嘗祭(にいなめさい)
天皇が新穀を天神地祇にすすめ、また、親しくこれを食する祭儀。古くは陰暦11月の中の卯の日に行われた。近
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2015年01月05日 16:58
延喜式…平安時代中期、927年に成立しています。
「律令国家」という言葉を中学校くらいで習います。律は今の刑法みたいなもので、令は行政法や民法みたいなものとか。しかし、法律だけで行政ができないのは今と同じで、細かいルールも決めました。これが「式」です。
では、なぜそんなところに神社のことが書いてあるのでしょうか?
古代国家建設を進めた人たちの感覚では、政治が神意に沿うことが大切です。選挙があるわけじゃないから、政治の善し悪しを審判するのは(実態はともかくとして)神様。良い政治が行われれば、人の力の及ばない自然現象もそれに応じてみんなに優しい対応をしてくれる。間違った政治には、また報いがあ
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